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この3連休はまず土曜初開催となった金山剣術稽古会に参加。中日は毎年行ってる「ぐるっとお散歩篠原展」に家族と出かけ、最終日は畑で農作業からの月曜定例稽古会で〆た。
家から徒歩で片道30分のところに畑を借りている。
都内ではあるが軽い峠越えがある長閑な田舎道で、往復の小一時間がなんとも豊かでリラックスできる時間である。
この連休で稲刈りを終え天日干しされた稲穂からはそよ風に乗って香ばしい米の香りが漂ってくる。黄金色の田畑の上に秋茜舞う向こうにはやや色づき始めた山の木々。そんな田園風景の中を歩きながら、左手には程よく折り揃えられた木の枝が十数本。
ターゲットを見つけるとシュッと投げつける。
そう。最近はまっている棒手裏剣の練習を兼ねている。
さて、そんな遊びをしていると間もなく畑に到着。長靴に履き替え軍手をはめると、春に仕込んだ野菜を収穫しつくし、畑をリセット。草刈りしてよく耕し畝を立てる。
冬野菜の種を巻き終えた頃には作業開始から5時間経っていた。
たった10坪の小さな畑だが、収穫から草取り、耕して畝立てして種蒔きまでするとなるとこのくらいかかる。
所要で筋トレに行けなかったが補ってあまりある運動量となった。
ハムストリングもいい具合にパンプアップしている。
程よく曇っていたので陽射しを浴びることなく快適に作業出来たが、続く悪天候でたっぷり湿り気を含んでずっしり重くなった粘土質の土は耕すのに大変な労力を要する。
鍬も2,3度振り入れれば切先に粘土が付着し食い込みが悪くなる。これをお手製の木ベラで剥がしつつ作業するので遅々として進まなかった。
そんなこんなで帰宅後シャワーを浴びて農作業の汗とドロ汚れを落としてから遅い昼飯をとったのがすでに夕方。
疲労困憊だが昼寝する時間もなく夜の剣術稽古の準備をして出かけた。
よほど披露が蓄積していたのでマッサージに寄ってから行きたい気持ちに駆られていたが、いや、こんな時こそ杖整体操だ!と早目に道場に行くことに。
先生が到着するまで30分程じっくり杖で身体をほぐしたが、まだまだ疲労が抜けない。
間もなく先生も到着するとなんの打ち合わせをするでもなく二人で杖整体操を始める。結局一時間行い、いい具合に身体がほぐれた。
途中新しい杖の使い方を教え合ったりしながら、なにげに行ったとある体操が身体の柔軟性を劇的に高めた。
これはビフォーアフターで撮影しておきたいくらいに劇的だ。
私も先生も身体はガッチガチに硬い方だが終わることろには普通かそれ以上の柔軟性を手に入れていたのではないかと追う。
さて、残り一時間となり身体から疲労蛻動けるようになってきたところでそのまま無意識的に杖術の動きへ。
毎週月曜日は当たり前になっているが、いつも手にした武具が求める身体の動きを自然に受け入れるようにしている。
お?今日はその動きか!みたいな新鮮な発見が毎度ある。
そして新しい技は生まれるべくして生まれてくる。
杖整体操によって各関節がスムースに動くようになってくると今まで不可能だった動きが可能になったり困難だった動きが簡単になる。
この不思議な連関により脳のシナプスのような神経伝達が身体にも発生し技が生まれる。
身体が求めるままに技を繰り出し続けているとふとそれはやってくる。
早速生まれた技に仕打をつけて研究に入る。
この新技の特徴的というか新しい部分は、裏車からの突きが逆足となることだ。最初は、裏車から廻打に入る流れだったのが、技と技の繋ぎ目が眠くなる(間が空きすぎる)ために廻打の前に突きを一発入れることにしたのだ。
これを今まで通りの順足での突きとすると技と技の繋ぎ目に「つまり」が起きる。
この種の「つまり」というのは、今までは気づかなかった類のものであるが、身体操作が洗練されてきたことによって些細な「つまり」でも気になるようになってきた、ということでもある。
「つまり」の解消というテーマで身体と相談しながら技を練っていくと、今まで行ってこなかった逆足で突くことで技と技の繋ぎ目が「つまり」なくスムーズに移行できることを発見した。
この心地良さを何度も何度も再確認するかのように一心不乱に技を繰り出し続ける。心地よさの追求が技の練磨になり、今生まれたばかりのはずがもともとそういう技として存在したかのように(多分実在したのだと思う)しっくりとしてくる。
金山先生との稽古会は二人で行っていても各自が一心不乱に探求モードに入ることが多々ある。
こうして時間はあっという間に過ぎ去り稽古も終わりの時間を迎える。
これからしばらくこの逆足の捌きについては展開があることだろう。