経営哲学|コンセプト・コアが大切にするもの

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使命

世の中に2つとないコンセプトをつくり、お客様にとって、一緒に働く仲間にとって、そして地域社会にとって「無くてはならない存在」になる。そのためにできること。それが家業から企業への経営戦略でNo.1ブランドをつくるコンセプト・コアの仕事です。

日本一や世界一、日本初や世界初を自負するこだわりの商品やサービスを持っているのに、なかなか認知されない、理解されない、価値が伝わらない。あなたがもしこのようなお悩みをお持ちだとするならば、市場における事業価値や存在価値を最大化するためにコンセプト・コアがベストパートナーとなり最適なブランドづくりと経営戦略をご提案します。

トップというのは、規模や量のことではありません。特定の誰かにとって無くてはならないと言わしめるマインドシェアのトップを獲得することであり、限定的な条件下で質的に最高を目指す姿勢です。

「質より量」、「深さより広さ」、「奥行きより間口」、「中身より外見」を重視する価値観をお持ちの企業様には不向きです。したがって、「高品質な商品やサービスを少量生産・小量提供する家業から企業へのステージにある尖った中小規模事業者、または、これからそうなりたい事業者にNo.1ブランドづくりと最適な経営戦略」を提供する、それがコンセプト・コアの経営コンサルティングです。

これは、当社ホームページの冒頭に書き記した文章の抜粋です。

  • 人生に生きがいを
  • 仕事にやりがいを
  • 職場に働きがいを

人は、自分以外の他者から必要とされたときに自分の存在理由をはじめて認識することができます。こうした原則をふまえ事業展開を行うこと、それがコンセプト・コア創業時より心がけている大切な思いです。

経営哲学

人が生きる上で、働く上で望むものは何か。

かつて、アリストテレスは

「人間とは社会的動物である」

と言いました。

人間は社会からは離れて存在することはできないということです。それは、各々がいかに所属する社会における役割を果たせるか、ということに他なりません。

しかしながら、それは社会、もっと小さな単位で言えば、組織や集団において、人間がそれに合わせるべきということではありません。

その証拠に組織や集団、ひいては社会は、その構成要素たる人間が変われば自ずと変わるという可塑性を備えています。

すなわち、良い社会をつくるには、その構成要素たる良い組織や集団を、さらにその構成要素である良い人間を育むことが不可欠と思うのです。

組織経営における経営哲学は、このことを無視しては成立しません。つまり、良い社会をつくるために良い人間をつくるという発想が必要だと思います。

存在意義

「社会というものは、一人ひとりの人間に対して『位置』と『役割』を与え、重要な社会権力が『正当性』をもちえなければ機能しない」

P・F・ドラッカー「産業人の未来」

社会や組織というのは、そこに所属する人間に『位置』と『役割』、すなわち、存在意義を与えるものでなければならないと思います。

人に存在意義を与えられていない集団や組織は、社会における存在意義もありません。したがって、そこに所属する人間にとっての存在価値も、市場における存在価値もなく、やがて淘汰されることになります。

社会から消えた組織や集団とは、結局のところ社会に対する存在意義を認められなかったのです。

共通目的

経営における共通目的とは、そこに所属する人間一人一人が、自らの力によって幸福を実現する環境をつくることです。

そこに所属する人間は、自らをマネジメントし、自らの人生を経営していく姿勢が求められます。組織ではなく自分で自分の人生を切り拓いていく、組織や社会はそのための環境を用意しているに過ぎません。

したがって、社会や組織は、そこに所属する人間に対して、マネジメントや経営を通じて何かを強制する力は持ちえません。

傍観者

なにがどうなっているか。目の前に起こっていること、社会や組織で起こる様々な事象を認識すること、つまり傍観者に徹することからすべてははじまります。

人間は、それが日常になればなるほど、固定観念や既成概念、思い込みによって社会を捉えるようになります。人間の脳みそは、はじめての刺激に対しては新鮮な驚きや気づきがあるものですが、やがてその刺激にも慣れてくると、パターン化して瞬間的に情報を処理するようになります。インターネットでページの閲覧速度を早める目的でキャッシュを蓄積し、表示速度を早める工夫と似たようなものです。このパターンこそが固定観念や既成概念、また思い込みの正体でも有ります。しかしながら、それでは社会の本質は掴むことができません。

好き嫌い、良い悪いなどの主観的な価値判断や評価ではなく、事実を事実のままに、現象を現象のままに客観的データとして本質を捉える訓練が必要です。ここで言う傍観者とは、いわゆる辞書的な意味の、  当事者にならずただ見ているだけの人や、見てみぬふりをしている人を言うのではありません。目の前で起こっている事象を感情や価値観を介入させることなくありのままに捉えようとする者のことを言います。

傍観者自身には取り立てていうほどの歴史はない。舞台の上にはいるが、演じているわけではない。観客でもない。少なくとも観客は芝居の命運を左右する。傍観者は何も変えない。しかし、役者や観客とは違うものを見る。違う見方で見る。

彼は観察する。そして解釈する。  傍観者は自分の目で見、自分の頭で考える。屋根の上から叫んで人を驚かせることは感心したことではない。そのとおりである。だが、私自身はそのことをあまり気にしたことがない。

P・F・ドラッカー

P・F・ドラッカーは自らのことを「傍観者」=「bystander」だと称していましたが、「今、なにがなされるべきか」という経営者にしかできない経営判断を、まさに役者や観客とは違った視点でサポートする我々コンサルタントにとって、とても重要なスタンスであると心得ています。

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