新年初稽古【稽古備忘録】金山剣術稽古会20180104(杖術、剣術、抜刀術)

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【読了の目安 : 7 分】

2018年最初の稽古は昨年夏から参加している金山剣術稽古会でスタートした。

今回の年末年始は土日始まりだったこともあり、三ヶ日を駆け抜けあっという間に始業となったので、自主稽古をする暇もなかった。それに加えて真剣から居合刀まで依頼品の制作業務も複数重なっていたので、少しの隙間時間も制作に費やしていたことも一因だ。

そんな目まぐるしい中迎えた新年初稽古では、前日の晩に急拵えした2尺5寸5分の新しい居合刀を持参し、心新たに稽古に臨んだ。

居合刀へのこだわり

この居合刀は出来合いではない。仕入れておいた砂型亜鉛特殊合金の刀身に拵えを自作して仕上げたものであるが、鍔、切羽、ハバキ、目貫に縁頭にいたるまで金具類は全て江戸時代の本歌で揃えてある。

鞘は砂型刀身の場合、鍛造の真剣とは異なり鋳造なので、それ用のがいくらでもあるから2尺6寸5分の鞘を調達しておいたが、栗形と鯉口の周りには銅板の上から籐巻補強を施し、更には使いやすさと補強の目的で塗装にも手を加えてある。

柄は下地から削り出しし、柄巻まで全て手作業だ。しかも下地に使う鮫皮は独自ルートで丸ごと一匹分ずつ仕入れているし柄巻に使っている柄紐は私が研究を重ねて開発した牛革を使った特注品である。

目的に応じて柔軟に

ここまで拘るのはポリシーというか趣味嗜好以外の何ものでもないが、理由を上げればキリがない。一晩中語り尽くせる、という類のものだ。

だったら刀身も本歌、せめて刃引き刀にすればいいじゃないかという人があるが、当然本歌もあるし刃引き刀もある。稽古場所、演武場所によって、つまり目的によって使い分けているだけだ。

しかしながら、尺のバリエーションと経済性、そして安全性から言えば居合刀の使いやすさに軍配が上がろう。

刀を振ったときの大袈裟な樋音、これも不特定多数が音を出して稽古する騒々しい公共スペースや大きな武道場では耳による刃筋の確認に役に立つ。

居合刀と刃筋

居合刀であれば刃筋が通っていれば非力な人でも十分に音が出る。いくら姿形が美しく見えたり、力強く見えたりしても樋音がまるでしない、もしくは、樋音がしても「ピュッ」という高く澄んだ音ではなく、「ビュー」とか「ビョー」とか「ブォン」とか「フォー」とか低く異音雑音だらけのような斬撃はまったく実用的ではない。

また、刃筋というのは真剣を使わなければ本質的には身につかないもので、さまざまな理由により妥協して真剣の代用として居合刀を用いているが、正直なところ居合刀だけ振っていても刃筋は身につかない。

居合刀で樋音がしたからと言って真剣で斬れるかと言えば必ずしもそうではないのだ。よく刃筋さえ通れば斬れるなどと言っている人がいるが、それは嘘だ。刃筋さえ通れば樋音はするが必ずしも斬れるわけではない。

斬れるためには刃筋以外にも重要な要素がいくつもあり、それら複合的な要素が同時実現したときにはじめて「斬れる」のであって、そもそも居合刀で樋音すらしないようでは真剣で斬ることなど到底叶わないということを表している。

したがって、普段は居合刀でもいいが、定期的に真剣で試す稽古も(試し斬りに限らず形や技などの空間刀法にも)必要であろう。

ちなみに、上で言う「斬れる」とは、なにもモノウチで両断することだけでなく、鋒で軽く撫で斬りするものから、斬らずにつけるものまで、その他様々な刀法による斬り方を含んでいる。

定寸とはなにか

前置きが随分長くなってしまったが、使用目的という観点で言うと、金山剣術稽古会での私の個人的なテーマの一つとして、「刀を長くしていくとこによる身体運用の修得」があったから、昨年7月末に稽古会に参加しはじめて半年で、3振り目となる居合刀は、定寸の3寸5分からスタートし、4寸5分、5寸5分と、計2寸長くなった。

定寸の刀というのは、平均身長157センチの江戸時代ならいざ知らず平均身長170アップの現代の日本人成人男性であれば刃渡りはせいぜい腕の長さプラスαくらいのものであるから、左腰に帯刀した刀を右手で抜くというのは特別な身体運用がなくても抜けてしまう。

抜けてしまうとそれで良いとうことになり必要な身体運用が身につかないばかりか、それを問題視することすら叶わない。

江戸時代より4~5寸平均身長が高い現代人であれば、定寸は2寸前後長くなるのかもしれない。

身長が173センチの私であれば、2尺5寸5分から6寸は自らの定寸としても良い長さと思う。

余談であるが、3尺を超える長寸の刀を扱うことによって、それを抜くための身体が錬られ、定寸の刀など容易に抜けるようになるであろうことは想像に難くない。

とても有効な稽古法であると思うので今年は3尺3寸の居合刀を拵えるべく材料を調達している。

ルールをつくる人が備える3つの心理

と、色々屁理屈を捏ねてみたがこれがなぜ屁理屈になるかと言うと、定寸が2尺3寸5分とする明確な根拠を示す資料は見つかっていないからだ。従って江戸時代がこうだから今はこうだと断定することすら今のところファンタジーでしかない。

ファンタジーなものに何か納得性が欲しいと思ったら、史実がないので身体に聞いてみる他ない。

物事を体系化できるタイプ人には目的に応じて3つの心理があると思う。

一つ目は伝承派でその教理や精神性を広く後世に伝承せんとする心理で、広く多くを対象としようとするために中身はなるべく簡素化、簡略化、簡易化される傾向がある。

二つ目は伝統派(または革新派)でその教理や精神性を先人の築き上げた礎の上に更に積み上げようとする心理で、狭く少きを対象とするために中身は複雑化、繁雑化する傾向がある。

そして三つ目は、先の2つの中庸であり、本質を外さず奥行を備えるものである。

一つ目の心理にならえば定寸とは「万人に抜き易い」長さとなり、二つ目の心理にならえば定寸は「抜き心地が悪い」ものとなる。従って二つ目の心理の持ち主はより長きを欲し、より長きを良しとする心理となりがちだ。

そして三つ目の心理にならえば、短過ぎても長過ぎても稽古にならず、それぞれの身体に応じて十分に身体運用を使って抜き心地の良い丁度よい長さを定寸とすべし、ということになる。

抜刀術の虜となった「抜き心地」という感覚

この「抜き心地」という境地は金山先生に初めてお会いした講習会で先生が無意識的にふと発せられたフレーズであり、それに衝撃を受けて以来私の中でずっと主題となっている。

真剣斬法研究家として、数多の日本刀で試し斬りしてきた経験から、「斬り心地」について、つまり、「斬れ味」とは違う「斬り味」については一家言持っているが、「抜き心地」という感覚は初体験であったのだ。

以来、真剣斬法における単なる斬れる斬れないではないのと同じように、抜ける抜けないではなく「抜き心地はどうか?」、身体(の何処か)に無理な力が加わっておらず全身が程よく調和し抜いていて気持ち良い状態かどうか、何度も抜き差ししたくなるか、など身体に聞くことができるようになってきた。

このことは抜刀術における抜き心地のみならず、杖術や剣術における、各技の発動と連動においても重要な「センサー」として機能することとなり、いついかなるときも身体のニュートラルな状態を把握することができるようになってきている。

今はこのニュートラルな状態をチューナーを用いてチューニングするが如く調音していかねばならないが、いずれは常にニュートラル、つまり、自然体を常態とする次元へと昇華させていきたい。

稽古備忘録

随分横道に逸れてしまったが、記録のために稽古備忘録を認めておこう。

2018年初日となる本日は、杖術の旋打(せんだ)千回で忘我の境地からスタート。

3回でワンセットの打込を333セット行って約7分の所要時間だ。

続いて繋の型で杖と身体の一体感を取り戻していく。

剣術では浮きからの発動でここのところめざましく進歩している一連の技から切割を行い、MP関節の始動から身体が勝手に作られていく感覚を確認しながらじっくり味わった。

2本目は、真向に斬りかかってくる敵の剣を裏から刃を当て(受けるのではなく)軌道を逸すと同時に首に斬りつける技を行った。この時点では技名は特になかったのだが、後に先生のブログによると裏睡蓮(うらすいれん)と名付けられていた。裏で当てて陰にかわして斬りつけるのが裏睡蓮、表で当てて曜に躱して斬りつけるのが睡蓮。

続く抜刀術では、懐突(かいづき)、稲妻、飛燕を3本連続でおこなった。

あたらしく拵えた5寸5分で抜くのは初めてだったがとても心地よい抜き心地であった。(飛燕を抜いたとき鍔で人差し指の第2関節の皮膚を抉ったのは今後の教訓とする。

居合・剣術・真剣試し斬り!流派・経験・国籍不問。場所を選ばず自宅で学ぶ武術稽古

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