本物とは何か〜認識論と価値論の間〜

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本物とはなにか

毎晩夕食時にはマッサンの録画を見る我が家。

昨日の放送(第9回)は、鴨居欣次郎がブレンドしたというワインの試飲を頼まれたマッサンが「混ぜもんじゃない本物のウィスキーをつくる」と鼻息を荒くする話。

これを聞いた妻が「本物ってなんだろうね」と。

「それを言うなら本場もんだよね。」と僕。

食にまつわる本物 or 偽物論争

食にまつわる本物 or 偽物論争は、ことSNS上でも見苦しいくらいに毎日見かけるが、そのもっとも浅はかで愚かしい主張は、混ぜもん(保存料や着色料など食品添加物)が入っているか否かという区分け。

入ってるものを偽物といい、入ってないものを本物と言ってるわけだ。

面倒なので説明は省いて結論を言えば、真偽を扱う認識論的にはどちらも本物である。

ただ、入っている”それ”か、入っていない”それ”というだけ。

これを真しやかに「真実の情報」と知ったかぶりをして啓蒙活動する個人や団体も増えてきているが、偏った価値観による軽い洗脳である。

情報の判別に習熟し判断上手に

やれ本物だ偽物だとギャーギャー喚く人というのは、好き嫌い、良し悪し、善悪をただ単に自分の趣味嗜好・主義志向を価値論的に主張しているに過ぎない。

「あたしイチゴ好き〜」

と言ってるのと大差ない。そんなこと他人にはどうでもよいのである。

この話の肝要は、そういう情報を知り得た上で判断に迫られた際の選択基準・判断理由になる、ということ。

知っていて主体的に選ぶのと知らないで受動的に選択させられるのでは同じものを手にするのでもまったく意味合いが異なるのだから。

すべての知識や情報は、主体的選択(未来創造)のためにあると言っても過言ではないかもしれない。情報処理、もしくは情勢判断においては、処理や判断の順番を間違えてはいけない。

認識論→価値論→方法論の順番に検討し、誰かが主張しているその情報は、その3段階のどの段階に属しているのか判別しなくてはならない。

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