【居合・剣術】刀の手の内

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土方の握り方って、これ本当でしょうか?(笑)

「土方歳三」の刀の握り方がTVで報道され話題に!

写真も拝借→ http://www.com/archives/57916359.html

※以下の文章は個人的研究の一環であり、いかなる流派流儀の教えとも無関係です。

手の内はいかにあるべきか

千差万別、変幻自在、臨機応変なのが居合・剣術における手の内のありようといわれる。それが極まると、活殺自在の剣になるのである。

したがって、居合の手の内はこう、剣術の手の内はこう、剣道の…、というのは本来はないのではないか。もちろん、大雑把な捉え方で、それぞれの分野に多い、もしくはスタンダードでありベーシックな技であるがゆえにこれが標準的だと言われる手の内は存在するだろう。

それをもってそれがすべてでそれ以外はない、ということはない。

手の内にはじまり、技術論のイロハが「こうあるべき」と固定化しやすいのは、使用する刀が竹刀や木刀、居合刀であったり、規格ものであるがゆえである。それぞれの規格にあった刀法を検討すれば良いだけなので、コツは割とシンプルになる。したがって、こうすべし、という固定化が起こる。

ところが、我々が使用する真剣(日本刀)はそうは行かない。一振り一振りが一品生産で2つとして同じものはない。似たようなものはあるが一本一本が手作りの鍛冶ものなので同じにはならない。最もそうでなくては日本刀を名乗ることはできない。したがって、模擬刀を振り回しているだけで日本刀に親しんでいるとか詳しくなったと思うのは勘違いでしかない。真剣で振ったこと、斬ったことがある人でないと本当の意味で真剣になることはできない、真剣の意味はわからないと言っているのはそういうことでもある。

居合の手の内

さて、今日の稽古で手の内を指導したときのこと。上段の逆袈裟を斬るときの手の内はこう、と指導した際、

「え?こんな持ち方していいんですか?」

とびっくりされた。

これこそ手の内はこうでなければならないと固定化されてしまった思考にほかならない。

袈裟斬り一つ取ってみても上段、中段、下段でそれぞれ手の内は微妙に異なる。間合いによっても異なる。それぞれの刀法で斬る位置(敵と刀それぞれ)によって手の内が異なる。

ここに斬り手(斬るときの刀と腕の関係性、角度など)が加わり、ただ斬るといってもこれだけの複雑な要素を瞬時に判断して刀を運用する必要がある。

さらには、使用する刀の特性によっても変わってくる。ある刀で、ある手の内、ある斬り手できれいに斬れたとする。それはその刀だけの手の内であり、斬り手なので、他の刀で通用しない。

刀法は流派流儀によってある程度規定されるだろうが、斬法は流派流儀よりも使用する刀によって規定される、というのが持論だ。

これだけではない。まだあるのかとウンザリされるかもしれないが、その刀を扱う本人の身体の特性も考慮する必要がある。体格はどうか、筋力は十分か、柔軟性は、俊敏性は、などなど様々に考慮しなければならない。太ったり痩せたりして体重が変動しても斬り方は変わる。

もちろんこんなこと考えながらやっていては瞬殺されてしまうから、数稽古によって考えなくてもごく自然にそして斬る瞬間に瞬時に手の内と斬り手を作れるようにならなければならない。

戦国時代の戦場では落ちている刀を取っ替え引っ替えして戦ったという。たまたま拾ったその刀の特性を瞬時に見抜き実戦で活用しなければならない。

手の内のいろいろ

一つの刀と仲良くなりその刀で切れないものはないと言うくらい熟達したのならば、いろいろな刀に持ち替えて斬法を探求してみるのも面白い。

わたしはしばらく前からそれにハマっていて、取っ替え引っ替えやっているうちに様々な刀の特性を見分け、それぞれで斬ることができるようになってきた。そうでもないと斬法の指導員などできない。

刀による特性の違いを考慮できない指導者は、自身の成功事例、つまり、自分の刀による斬り方しか教えることはできない。

指導によって斬らせる場合には、まず刀の特性を見抜き、その刀で斬る場合には手の内はどうしたらよいか、斬り手はどうしたら良いか、それを扱う人の身体の運用は、、、などと細かく見ていく必要がある。

連続斬りの場合、がっちり握りで手の内を固定させて体の運用で斬る、という試斬家がおられる。ただ斬ればいいのであればそれでも良いかもしれない。しかしながら、手の内を固定するとどこかを自由にしなければならず、多く見られるのは体軸を左右に移動させてしまったり、手首をこねくり回したり、肩を上下入れ替えたりする斬り方だ。

いずれもとても落ち着きのない斬り方に見えるし、体のどこかに無理な負担がかかってしまう。これが中心軸の取り合いが雌雄を決する実戦であったならば戦う前から勝負はついていよう。

何より手の内の固着は居つきになるから、居つかないことをよしとする古武術的な考え方から言うとNGであろう。

また、日本古来の、日本独自の刀を用いた武術の修練を通じて日本人らしい、日本人独特の優れた身体操作を学ぶべく、その手段の一つとして斬稽古があるにも関わらず、斬ることが目的になっていては手段の目的化と言わざるを得ない。

手の内の習得方法

どうすれば手の内を習得できるのかと問われれば、答えはこうである。

自分の刀に聞いてみよ。

答えはすべて刀が知っている。わたしはこういう風に運刀してくれればちゃんと斬れるよと教えてくれる。よく自分の刀と向き合ってみてほしい。その刀の声が聴こえたならば(斬り方がわかったならば)あとはその切り方ができる手の内と斬り手、身体操作を決定すれば良い。

あなたとあなた刀にはあなた方にしかできないあなた方独自の斬り方、斬法がある。

以上。

斬法研究家 後藤健太

物理的・力学的現象である斬法から各流派流儀に伝承されている刀法を検証するなど、真剣斬法の身体操作を日常生活に活かすべく研究中。

※注意

当記事に書いている内容は特定の流儀流派の教えとは一切無関係であり、斬法研究家として様々な武術を研究した研究成果の一部です。したがって特定の流儀流派に伝わる刀法については一切言及しません。

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後藤健太

【サムライ社長】
斬法総合研究所所長/真剣武士道指南役
株式会社コンセプト・コア代表取締役/経営コンサルタント
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